一日一福

人生色々あるけどさ・・・ めざせ「日日是好日」!

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皿の上なら「命の重み」、口に入れば「味覚の対象」。

暖かくなったせいか、それともホルモンの周期なのか、ツイ(レオパ♀)が一昨日から1日中ドタバタもぞもぞ暴れております。

ツイ
     寒い間中“食う以外冬眠”状態だったしな。
     でも水入れの中で暴れるの、やめてくれない?

同じメスでも、アラの方は春になったら食欲にむらが出てきて、なんとなく不調・・・私同様、春が苦手なタイプのようで。

アラ&ツイ1
     丸顔のツイ(右)、蛇顔のアラ。

アラ&ツイ2
     体型も違うねぇ。

両生類や爬虫類を飼育するようになってからというもの、常に感じている(飼育下での)不自然な食物連鎖。
大事に育てている生き物を、これまた大事に育てている生き物に食わせるという矛盾というか、不条理というか・・・。

人工繁殖させたコオロギやワームを購入し、家でさらに養い育て丸々太らせ・・・レオパやカエルのお口にポイw
でもレオパやカエルに、「あんたたち、“尊い命をいただいている”のだから、感謝して食べなさい」とは言わないし、そうしてもらいたいとも思わない。

一方、これが人間の場合だと、よく「命をいただくのだから、感謝して食べましょう」と言われ、また自分でもそうしなければ、と(若干)思う。

なんでかね?
人間は本能以外に思考力や心(感情)のある生き物だから?
原始人は「感謝して食べましょう」なんて思わなかっただろうなぁ・・・。

同じようなことを考えてても、それを解明しようと行動に出る人はスゴイ。

内澤旬子さんというルポライターをご存知でしょうか?
世界各国の食肉解体現場を渡り歩き、『世界屠畜紀行』を書いたお方。
今度は、自ら1年かけて3種3匹の豚を飼育して食べるまでを綴ったルポを刊行したそうで。

本
     映画「シャーロットのおくりもの」を思い出したよ。
     「春に生まれた豚は雪を見られない」・・・   
     豚は生後1年以内に屠られる。

執筆の動機は、これまで1万頭以上の家畜の死の瞬間を見てきた彼女だが、「思えば肉になる前の事は何も知らない。どう生まれ、どんな時間を過ごし、肉になるのか、一度ちゃんと見て、感情移入してみよう」と考えたからだとか。
しかし・・・鶏とかじゃなく、よりによってデカい豚を・・・気骨が違うw

交配、出産から立ち合い、千葉県で廃屋を借りて軒先に豚小屋を建て、3種3匹の豚と暮らし始める。
名前も付け、あえて家畜とペットの境界を曖昧にすることで、個性や違いをちゃんと観察した。

くり1
     「海苔ーーー!!」 雑食性チワワ。

くり2
     うっとりと海苔を堪能するw

犬猫を飼うように、3匹との暮らしは「本当に幸せだった」そうで、食肉公社に連れて行く時は、やはりためらいも生じたと。

ここで彼女がスゴイのは・・・スゴ過ぎw
彼女は豚の喉を切る作業員(そうやって屠るなんて知らなかった~・・・)に撮影許可をもらう際、「私の豚なんです」と言い、さらに作業員に最大限の敬意と自分が育てたという自負を伝えるべく、「肉にするんです。私が食べるんです」、そう言うと、誇らしささえ感じたそうだ。
畜産農家の人も、この「誇らしさ」を感じるから、家畜を売ることができるんでしょうねぇ、きっと・・・でなきゃやってられないわー。

そして開かれた“3匹を食べる会”。
肉を口に入れ、脂の甘みが広がると、「あ、今3匹が来てる、入ってきた!」という感覚があり、「食べたことでずっと一緒にいてくれる」と確信したと言う。

・・・なんだか似たようなセリフを、人肉を食べた外国の連続殺人魔が言っていたような気がするが・・・w

くり3
     誰もいない芝生広場でのびのび運動。

くり4
     ??前足、不自然じゃない?

でも、本当は何の肉でも「食うなら同じ」なのかも。
人肉やペットの肉はタブーってのは、人間が勝手に作り上げたモラルでしかないのかも。

畜産の大規模化や都市型消費社会によって、我々の日常から家畜の「死」が遠ざけられているという内澤氏。
よく口にされる「命をいただくことへの感謝」は大事だが、違和感を感じると言う。
人は「命をいただく」と言った瞬間、考えることを止めていないか?

・・・う~~ん・・・そうかも。
人間のために屠られた動物の肉は、口に入った途端、単なる「味覚(美味いか不味いか)の対象」になってしまうような気もする。
一口ごとに「ありがとう」と律儀に感謝する人は・・・いるのかね?

くり5
     珍しくまともな顔。デイジーはお好き?

「命をいただく」など安易な言葉に集約せず、その言葉を免罪符にせず、生きていたものを食べ、その死を引き受けることについて心に留め置くことが大切と彼女は言う。

彼女の言葉は私には難解だけど、人間の傲慢さは私も感じることもある。
「命をいただく」と神妙な面持ちで口にする割には、人はやれ賞味期限切れだの、やれ固くて不味いなどと、安易に“ご遺体”を捨てる。
捨てる時点で感謝や憐みの気持ちはろくに残っていまい。
また、動物愛護団体という人々は、毛皮や飼育法にはうるさいが、肉の事についてはどう思っているんでしょうねぇ?

弱肉強食は世の常、自然界の掟だが、人間は本能や知恵以外にエゴをも駆使して“強者”の側に立っているような気がする。





では本日の「福」。
水曜日の昼、春真っ盛りの香りを満喫し、野を散策。しあわせ~♪
くり6

そして、去年は咲かずじまいだったツルバラ“テディベア”に蕾がついたー!
バラ
どんな色の花なのか、忘れてしもうたw






 
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テーマ:雑記 - ジャンル:日記

コメント

スピリチュアルな人が言ってたけど、もし人間が肉体を持たない存在ならいくらでも理想を語れるけど、
肉体を持ってる以上は食わねば生きられない。
牛や豚を殺して食べる事は仕方ないことで、そこには善も悪もない。って。
ペットに生き餌を与えるのだって自分で捕るか飼い主が用意してあげるかの違いだけだもんね。
餌のいない場所へ連れて来たんだから飼い主が調達してあげるのが義務だもんね。

  • 2012/04/21(土) 09:58:38 |
  • URL |
  • t #qIFa0De.
  • [ 編集]

v-22うんうん、考えちゃう
でもまったく考えない人ももちろんいるんだよね(あたりまえかw)
ちょっと前、エコのミニ講座を頼まれて、何にするって聞いたら、給食を残すのでそのことについて、って言われたので、こんなことをテーマにしてみた
やはりペットと、食用の家畜との境界線・・・自分でも定かではないのよね
いろんな写真を見せて、どっちか考える・・・

少し残すのが減ったらしいけど、ふつ~にもったいないって教えてる親自体が少ないのが問題なんだ、って思っちゃうんだけどw

あのうっとりしてるくりちゃん・・・・癒される~

  • 2012/04/21(土) 10:33:17 |
  • URL |
  • 葉っぱ #yDt/5Vf6
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  • 2012/04/21(土) 21:47:52 |
  • |
  • #
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拍手!

この本を書いた内澤旬子さん、それを最後まできちんと読んでこの記事を書いたとんがりねずみさんに拍手です。(聞こえないか)ここはいつ訊ねてもぎくっとしてにやっとしてそしてほろっとさせられます。読者のみなさんそれぞれのいろんな意見もコメント欄で読ませてもらえるし、その辺の雑誌の当たり障りない記事なんかよりずっと面白い、とんがりねずみさん、このまま突っ走ってください。ありがとう!

  • 2012/04/22(日) 02:39:43 |
  • URL |
  • タロコ ウラシマ #-
  • [ 編集]

昔は、家で「ピーちゃん」って鶏を飼っていて、
学校から帰ると毎日出迎えてくれて…。
親戚が来て、美味しいすき焼きを喜んで食べ、
次の日、姿が見えなくなっていて…。

「おかあさん、ぴーちゃんは?」って聞くと、
「あんた、美味しいって食べてたじゃない!」
がーーーん!!がーーーん!!
「ぴーーーちゃーーーーんん!!」号泣。

よくあった話でございます。

私には、飼っていた豚を頂く事はできません。
その時点で、「ペット」になるからかな。
「食用」と、「愛玩用」は、違う気がする。

「妻」と「愛人」は違う気がする、と、
うちの亭主は言いそうな気がしますけど。(笑)

  • 2012/04/22(日) 11:12:15 |
  • URL |
  • とる☆ねこ #-
  • [ 編集]

v-535tさん
人間ってつくづく都合のいい存在だと思うわ~。
まぁ私はスピリなんかとは無縁な人間なのでアレなんですが・・・最近細木和子より売れてるっぽい某デブちんスピリ男なんか、必要以上に生命体を摂取してる気がするけどねv-403 
どんどん肥っていくのはなぜだ?霊性がどんどん消失・・・w
狐の毛皮は消えつつあるけど、ラビットファーの中身は食肉になってるのかねぇ?

v-535葉っぱさん
給食と言えば、私の妹がずーっと苦労してたわ。
小学校の時から食が細くて、でも全部食べないと昼休みにしてもらえず、毎日先生が見張ってる前で泣きながら呑み込んだらしく…登校拒否になりかけた。
残すのはよくないけど、でも体格や食欲なんか個人差があるし、その子にあった量を与えるべきだよね。アレルギーばかりが問題じゃないと思う。

ミニブタを飼ってる人が、豚肉を食べられなくなったと言っていた。まぁそうでしょうねぇ。
福島で処分されることになった牛に向かって、「天寿を全うさせてあげたかった・・」と言っていた畜産農家の人の言葉に???だった。
牛にしてみれば「天寿が1年ってことはない!」と言いたいだろうし、食肉農家に生まれてしまった運命にてらせば天寿は1年なんだろうし・・・考えだすと発狂するw

歩ん大ちゃんはボロッコリ食べるとうっとりしない?

v-535秘コメさん
あれでわかった?お役にたてたなら幸いです♪

v-535タロコ ウラシマさん
ルポって、人と同じネタを扱っても売れないつーか、意味もないけど、この手のタブーに・・誰もが目をそらしたい現実をこれだけ直視して正面から立ち向かうって、並大抵の神経と覚悟ではできないですよねぇ。まったくあっぱれな根性と勇気とルポライター魂。
食肉って言うと・・・映画「ロッキー」(第1作)で、食肉処理工場でつる下がった牛をサンドバッグ代わりに打つロッキーの姿が思い起こされてw
ややこしいこと考えるわりには、あの手の単純な映画が好きで、コレクターズBOX持ってたりします(笑)

私がこのまま突っ走る・・・イノシシも真っ青かもしれませんよw

  • 2012/04/22(日) 11:32:12 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
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v-535とる☆ねこさん
だんなも子供の頃、そんな経験は日常茶飯事だったとか。お客が来ると「鶏を絞める」w
昭和の田舎では、普通の光景だったかもしれませんねぇ。

いや平成でも。
裏の家で烏骨鶏を飼ったんですよ。
その誇らしげな時を告げる声も、ちょうど師走も押し迫ったころ・・・そう、クリスマス間近のある日、突然聞こえなくなり・・・まぁそういうことだったのでしょう。

今はペットといっても「家族」という認識ですから、なかなか食の対象として見るのは難しいですよね。
父はアユ釣りで使うおとりのアユは食えないと、シーズンの終わりに川に放っていました。ともに戦った同志のような気がするとかで。

だんなは、私のことを「妻」とか「家内」とか絶対言わず、「ヨメさん(多分“嫁”ではなくカタカナw)」と言います。
おそらく妻、家内と言った役割を果たしていないからかと・・・ははは。

  • 2012/04/22(日) 12:08:26 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
  • [ 編集]

こんにちは~

面白い!
へえー、そういう人がいたのね@@
今まで私も命をいただきます…と思っていたけれど、そういう考え方もあるのね~w

私にはちょっと彼女みたいな解釈の仕方はできないけれど、読んでみて納得する部分も多々あるな。
情ってさ、たぶんだけど、名前をつけた時にわくものなんじゃないでしょうかね。
名前をつけちゃうと情がわく…って言うもの。
でも、コレ、彼女の考え方にそってみると、それすらも人間の傲慢なのよね。

命をいただきます…も、そうだけど、その裏には人間の情けなさも隠れているんでしょうね。
食べなきゃ生きていけない…これが人間。動物だって同じ。
いくら知能が発達していても、食べなきゃ生きていけないんだもの、人間のちっぽけさとか情けなさを改めて知らしめる為にある言葉なんでしょうね。

命を恵んでもらっているのよ、生命体の中でトップの座に君臨していても、神ではないのよ…と、、、それをちゃんと理解して食べている人は多いとはと思えないけどw、やっぱり、こういう人の体験を知ったりすると、改めて己のちっぽけさに気がつきますねw

スーパーで並んでいる食材を見ると、時々ね、あ~いったい何匹の動物が犠牲になっているんだろ…とか思っちゃう事ある。
そして食卓にあがった御馳走を前に、美味しそうと思ってしまえる自分を情ないと思った事が何度もある。
だから私は常々、人間なんてたいしたもんじゃないと言い続けてるんだけど、それ言い続けてると、何故か宗教関係の方から遠回しな嫌味を言われてしまうっていうねw

まあ、気がつかないふりして、やり過ごしてますけど、事実だもんね!w
人間なんてたいしたもんじゃないのよねーw

今日もいいお話でした★
コメントの中にありましたけど、とんがりさんの記事はホントに面白いですb

そこら辺のライターさんの記事読むより面白いw
切り口というか、視点が違うから面白いんだろうなあ…。

今日も楽しませて頂きました★
ありがとっ(^^)v

  • 2012/04/23(月) 14:54:41 |
  • URL |
  • ウダモ #-
  • [ 編集]

v-535ウダモさん
お疲れのところ、コメントをありがとうございます。
いやいや・・・他人様のものを読んで、勝手に解釈して、もっともらしく書いちゃあいるけど、実際頭の中ぁごちゃごちゃで、だんだん何が言いたいのかわからなくなる自分w
結局、確固たる己の意見、主張、信念みたいなものがないんですよ、私は。

25さんの所で読ませていただいたウダモさんの教育に関するコメント、すごく納得しました。
育児でも介護でも、やはり経験者が語ることには説得力と真実味がてんこ盛りw
あ~つくづく私は薄っぺらな人間だと、思い知らされましたわ~。

しかし、すごいですよね。
女一人で豚3匹飼って食うw こういう人に国を背負って立っていただきたいものだわ。
そして私は今日も矛盾に満ちた食物連鎖に加担する・・・あぁ他にやらねばならないことはチョモランマほどに山積しているのに・・・バタリw

  • 2012/04/23(月) 19:53:56 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
  • [ 編集]

v-22再度登場~w
そう、体格や、食欲に応じた量ってのが基本ですよね
おデブの子もみんな同じってのはおかしい
ランチとかでも私はご飯半分にしてもらいます
そして残さない
自分の量を知るのも大事だしね

  • 2012/04/23(月) 20:33:21 |
  • URL |
  • 葉っぱ #yDt/5Vf6
  • [ 編集]

v-535葉っぱさん
今の給食はどうしてるのか知らないけど、昔はでっかい男子も小柄な女子も、同じ量だったよね。
だからこっそりパンやおかずをやり取りしてると、先生に怒られた~。変な話だw
昭和期は、まだ戦時の全体主義を引きずっていたとか!? 全員平等、ってか同じことをさせる。
ただ、今みたいに食物アレルギーのある子はめったにいなかったね。どうしてこんなに増えたのかしらねぇ?

  • 2012/04/24(火) 11:36:07 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
  • [ 編集]

命は命を喰らわない

と、最初の方のコメントに書くと、ブロガーのみなさんがどん引きしそうだから、ある程度コメントが出るまで待ってました(笑)。

肉という物質を欲しがるのは、自分も肉という名の物質でしか無いからなのでしょう。

身体を構成する分子は、水や食料を得て、凡そ一年で入れ替わる。
心は変わらなくても!身体は日々変わってる、不可思議。

人が死んだら、焼いて骨壷に入れるだけぢゃなく、何らかの形で大地に還元する仕組みが欲しいですね。
そうすれば、めぐり巡って、豚の餌になるかも知れないですもん☆

  • 2012/04/24(火) 20:06:36 |
  • URL |
  • やしま #-
  • [ 編集]

v-535やしまさん
ここは「なんでもあり」なので、周りがドン引きしようが怒り狂おうが、じゃんじゃん言いたいこと書いてください。その方が盛り上がりますしw
言論の自由、万歳v-314

そうか・・・体は1年で更新されるのか・・・いや更新というより、むしろ老化w
どうせなら、心の方を更新したいような気がしますが・・・堂々巡りを何年も続けている進歩のない自分に辟易してますんで。

私は、自分が子供の頃、お肉が食べられなくて困ったチャンだったので(今でもめったに食べません。魚食系w)、「命をいただく」と感じる機会が少ないような・・・まぁ魚や卵だって同じなんですけど。
ステーキとかだと、リアルに「肉→命」を感じそうですね。

昔「野火」という、戦時中に同朋の肉を食って生き延びた兵隊の苦悩を描いた小説を読んだような・・・極限状態では、人間だって「食肉」なのです。

  • 2012/04/25(水) 11:32:33 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
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