一日一福

人生色々あるけどさ・・・ めざせ「日日是好日」!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8月7日(金)  死生観・・・情緒欠乏症。

ここのところ、たて続けにわりと若い有名人が亡くなった。
春には叔母も他界した。

人って・・・特に著名で偉大な功績を残したり活躍中の人であっても、報道で訃報を聞くと、「死」なんてすごく些細な事で、「はぁ死んじゃったのか・・・」くらいの感情しかわいてこない。
親族の時も、なぜか「悲しい」という気持ちにはならなかった。
あえて言うなら、頭の中が空っぽになって、あらゆる感情が一旦封印されてしまった、ってな感じか。
私は心の冷たい人間なのか?

ところが、自分のペットのカエルが死ぬとヒジョーに辛く、心が凹み落ち込む。
それは私の目の前で、「生(ナマ)で」死ぬから、死に至る過程を見ているからだろうか?

自分の「死生観」がよくわからない。

べるぴー
     「じゃあ死生観以外のことはわかってるのか?」 そ、それは・・。

そんな私のもやもやを分析しているようなコラム(エッセイ?)を見つけた。
作家の野坂昭如氏が地方紙に書いたものだ。
彼も確か、病の後遺症で体に障害が残っているとか。

以下、そのコラムを一部抜粋。

 半世紀前、出産は家でするものだった。今、衛生面、健康面、また医療の設備を考え、病院での出産は当たり前。身二つとなって家へ戻る。しかし、かつて赤ん坊の生まれる瞬間、その表情や泣き声、母親の産みの苦しみ、喜びを間近にすればこそ、得る感動があった。妹なり弟なりの誕生にあたって、その場にいることは子供にとってかけがえのない学びだった。日本の家庭事情、住環境などを考えれば仕方ないだろう。先進国日本は、生命の誕生や人間の死にいく瞬間を見えなくしてしまった。それはぼくらが人として成長しにくい要因の一つである。

 死生観はぼくらの日常と大いに関わっている。臓器移植法もその一つだろう。先日、衆院で臓器移植法改正案が可決された。党議拘束は外して、自由な判断に任せたという。だがこの自由な判断の内容が問題。議会制民主主義のもと、議員を通じて法案が決められる現在の仕組みだが、肝心の議員はそれぞれ死生観とどう向き合っているのか。日々の行い、生き方がうすっぺらな死生観では困る。
 
もんちゃん
     「ツノガエルだって薄型と丸型がいるんです。」 そうじゃなくてさ・・。

 戦死は別として、昔はよく人が死んだ。新生児から老人までさまざまな病で死に至り、自宅で死を迎えることが多かった。それがごく自然な事柄だった。死が身近にあればこそ学ぶことも多い。現代は死んでいく人をあまり見ることなく成長するが、死の確かめが薄れるということは生もまた同じ。

 時代は変わり、医学は進歩している。いつの間にか死が遠くなり、臓器移植、脳死などの言葉は当たり前となった。臓器を移植するには莫大な費用が要る。特に幼い子供の場合は、現在の日本での手術は不可能。外国へ行かざるを得ず、さらに費用がかさむ。その外国でもドナーは不足している。世界的に移植の必要な患者は多いが、金のある先進国に治療が集中しているのも事実。日本で行なわれている臓器移植のうち、アメリカを経由して輸入される臓器は多い。そして貧しい国々では、生きるため食うため家族を養うため臓器の売買が行なわれている。これも事実。

くり1
     「まだ読み続けている人、いるかね・・・?」 いないかもww

 脳死や臓器移植を考える時、日本特有の文化や宗教、さらに国際的観点からの見方も関わり、単純に良し悪しは言えない。目の前に病に苦しむ子供がいる。一方で脳死を生きる子供もいる。身近な人が遠くで生まれ、遠くで死んでいく現在、医学はどんどん進歩している。ぼくらの死生観は追いついているのだろうか。

・・・・・「身近な人が遠くで生まれ、遠くで死んでいく」・・・。
私は人の死に目にあったことがない。
幼いころ可愛がってもらった祖父母や、仲の良かった友人が亡くなった時も、死の時点でその場にはいなかったし、存在的にも当時は以前ほど近しくはなかった・・・こういう状況が「悲しみ」という感情を薄れさせるのだろうか?

「つらい」という感覚はわかる。でも「悲しい」という感情がよくわからない。
核家族化、少子化どころか夫婦だけの生活、便利だけど人工的な環境・・・こういう環境にいる人ほどペットを溺愛したり、ペットロスになりがちだという。。自分然り。

喜怒哀楽・・・最近、全般的に薄れつつあるこの基本的情緒。

人参
     真面目に考えすぎたら、人参から毛が生えたww
     いかに料理怠慢で長期間保存していたかが露見する一品。


では梅雨明け後の本日の「福」。
くり2
ようやく夏の青空が。うれしいようなうれしくないような・・・。
洗濯物がよく乾くのはうれしいが、暑いと犬はヘンな顔になる。





 


スポンサーサイト

テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

コメント

ニンジンにそんな毛が生えるとは思ってもみなかった!
怠慢とかじゃなくてこれは立派な実験だ!
これからどうなる?どうする?

あの騒動、帽子を被っていたらジロジロ見られたよー (・_・;)

  • 2009/08/07(金) 17:52:21 |
  • URL |
  • トボ #iRsoQmok
  • [ 編集]

死の瞬間を見たのは、私の父親だけですね。
死の直前に兄と兄の嫁がやってきて、冷静に父の様子を見て
「下顎呼吸になっているからそろそろだね」と言ったのを覚えています。
二人共、医療に従事しているのです。
「死」に慣れているんですよね。
私も、思わず「この状態を下顎呼吸と言うのか。。。」と思ったものです。

今まで、血が流れ温かかった体が冷たくなり、葬儀を終えて火葬されていく。
この時間の流れは、言葉には出来ない感情が湧いてきます。

  • 2009/08/07(金) 22:54:05 |
  • URL |
  • もも #ZKhxdi3Y
  • [ 編集]

こんばんは!

私も今まで両親の祖父母と、父親を亡くしていますが、
いずれも死に目を看取ることができませんでした。
生まれてこの方、人の死に目に会ったことがないのです。
命の大切さについては、
自分ではわかっているつもりでしたが、
死というものの本当の意味をまだ理解しきれていないのかも知れないと、
改めて思いました。。。

クリさん、いい味出していますね!^^

  • 2009/08/08(土) 02:21:50 |
  • URL |
  • TAKE #-
  • [ 編集]

生死が隠されたものになってしまっているんだよね~
私もベイ君が死んだ時が初めての身近な「死」だったから・・・
しばらく立ち直れなかったもん。
野坂昭如の死生観・・・「ホタルの墓」で何度でも泣ける旦那と一緒に見てると思わず涙が引っ込むんです・・・
人として成長しにくい原因・・・あぁそうなのか~って思います。
人参も・・・おかずにされるよりも成長を選んだんでは???(人として参るってか)

  • 2009/08/08(土) 08:57:34 |
  • URL |
  • アマゾネス #-
  • [ 編集]

あ”~~~~~、夢に出る~~そのニンジン。
気持ち悪いーーーーー!
ヤスデのモジャモジャ足は平気なのだが。ぎゃははは
男の人の足のすね毛も気持ち悪い(笑)
だから毛なし韓国男子が好きなんだ。わはは
女子のくせにストッキングの中でうねってるすね毛なんかオマエ死刑とか思う。

  • 2009/08/08(土) 09:36:53 |
  • URL |
  • t #qIFa0De.
  • [ 編集]

v-535トボさん
思ったよりきれいな毛・・いや、ヒゲ根だ(笑)
どこまで伸びるか実験しようかとも思ったけど・・・目障りなので「毛を剃って」食べました。
特に正常な人参と変わりなかったよ。
へたの部分を水栽培すると葉っぱが出てくるけど、冷蔵庫に紙に包んで入れっぱなしにすると根が成長するという、リッパな実験結果が得られましたww

私設捜索隊とかが押し寄せて、町興しになるかも。ちょっとワクワクしてない?

v-535ももさん
下顎呼吸になると死期が近い・・・初めて知りました。
やはり生きている状態から徐々に変貌してゆく一連の経過を見守らないと、実感ってわかないものなんでしょうね。
祖父や叔母の時も、お棺に入ってしまった姿や顔だけ見ても、何の感情もわいてきませんでした。
ただ祖父は同居していたので、葬儀など諸々が片付いた後、いつもいる席に祖父がいないことにふと「気づいた」時は、なんとも言い様のない寂しさがどっと押し寄せてきた覚えはあります。
「死んだ」ことより、そこに「いない」という事実に慣れるのに時間がかかりました。

v-535TAKEさん
人を看取るって・・・私も正直、どういう感覚なのか、想像が付きません。
子供の頃から生き物の死は沢山経験し、自分の手の中でだんだん息絶えていくインコ・・・その感覚は忘れられませんね。
それが身近な人だったらと思うと、ちょっと耐え難いものがあるかもしれません。

夏になると、犬ってベロ出してハァハァしてるせいか、屋外で昼間撮るとみんな笑っているような顔にww
個人的には、普通の顔は面白くないので夏の顔が好きですが。

v-535アマゾネスさん
小学校の頃飼っていた犬が死んだのが大晦日の前日で・・・そりゃもう悲惨な年越しでしたっけ。
母は正月準備どころじゃないほど泣き崩れるし・・・以来は母は、二度と犬を飼うのは嫌だと。

「ホタルの墓」って野坂さんの作品だったっけ?
実はまだ観た事ないんですが・・・野坂昭如っていうと、「み~んな悩んで大きくなったぁ」とかいうCMの記憶しかww (違った?)

今の時代、とかく子供には死とか惨たらしいものとか、見せないようにする風潮があるような気がしますね。心まで抗菌、除菌しちゃうから、心身ともに軟弱な人間が出来上がっちゃうんじゃないかしらね。

v-535tさん
うん、これはどう見てもスネ毛だ。
私も袋から出した時、絶叫した~v-356
私の実家の家系は毛深い男がいない(なぜかハゲもいない)せいか、スネ毛、腕毛にはなかなか免疫ができない~。
韓国男子はみんなエステしてるから?それとも辛いもの食べてるとツルツルになるのかな?

夏になると、家のそこらじゅうにだんなのスネ毛がパラパラと・・・発狂寸前だ。
スネ毛ばら撒き罪は、脱毛の刑に処すべきか?

  • 2009/08/08(土) 16:48:32 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
  • [ 編集]

油断召されるなー!(≧0≦*)ノ"
と、失礼しました(ーー

まぁ私の冷蔵庫の奥で
ニンジンのミイラを発見したのに比べれば...(爆

死んだら皆、ウンコになる。
生きてる私たちも所詮、ウンコを包んでる皮袋。
ってのが私の死生観^^;

  • 2009/08/09(日) 17:04:28 |
  • URL |
  • しすけん #-
  • [ 編集]

v-535しすけんさん
油断とは、しすけんさんのブログに対してですか?それとも冷蔵庫のニンジンに?
このニンジンも毛を生やしつくした後は、精根尽き果ててミイラになるのかな?

死んだらウンコ、ですか。
1週間便秘した時、「おまえは歩くウンコだ」といわれた事はありますが・・・ww

  • 2009/08/10(月) 09:56:44 |
  • URL |
  • とんがりねずみ #IHLSsbW6
  • [ 編集]

考えてみた^^;

「悲しみ」は亡くした者と自分との関係による所が大きいから、へんな話、「悲しみ」を味わっていない今を幸運と思った方が・・・・^^;

ペットが死んだ時に悲しいのは、自分が守るべきモノというのが、心の中にあるからかな?
守りきれなかった悔恨なんかも併せて・・・
私も小学生の時、飼っていた犬が死んで「悲しい」を初体験したよ。相棒だったから。
うん、確かにこの時が一番「悲しい」だったかもしれない。純粋に悲しめた。^^;

病院が生や死を遠くしたというのは、そうかもな~って思う。
・・・って言うより、死という物を自分の責任の無いところにおいて、「悲しみ」を遠避ける事(和らげる?)をして着たのではないかい?

  • 2009/08/11(火) 20:29:44 |
  • URL |
  • マダム半世紀 #-
  • [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tonngarinezumi.blog97.fc2.com/tb.php/595-44f600ee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。